身内の窓口に。

2017年8月21日(月)。

 

妻の叔母が永眠しました。

平均寿命からすると、かなり早い。

 

その日は、仕事が終わって、

職場で時間をつぶし、直接バスケへ。

バスケが終わって、スマホを見たら、妻からメール。

即、電話。

妻は病院(家から近い)に駆けつけていたので、

詳細を聞いた。

 

 

叔母さん、ずいぶん前から患っていたので、

我々別居の親族は、どこか覚悟をしていたのですが、

叔母一家は、まさかこんなに早いとは思っておらず。

いや、

思わないようにしていたんだろうね。

「きっと、元気になるだろう。」

「奇跡が起きて、劇的に治るだろう。」

って。

それもそうだけど。

 

亡くなった時には、何の準備もなく。

 

普通、病院のスタッフは、葬儀屋一覧を渡すだけで、

何の相談にも乗ってくれない。

ずっと病室にも居られないし、

かといって、料金もわからないような、変な葬儀屋にあたっても困る。

さて困った、叔母さんの夫と子供たち。

 

身内が亡くなった直後だし、冷静ではいられないだろう。

ぜんぜん決まらない状況に、

妻が助け舟を出した。

夫が、葬儀社に勤めている、と。

バスケが終わったら連絡がつくから、ちょっと落ち着いて、と。

 

さて、連絡がついた、俺。

妻を介して質問には答える。

 

身内がいる安心感もあってか、

俺の働く葬儀社で葬儀をすることになり。

会社には妻(病院の状況を把握しているので。)から電話をしてもらい、お迎えの手配。

 

その間、俺は俺で、

病院に向かいながら、会社、葬儀の担当者にそれぞれ連絡。

病院に行ってから、葬儀会館へ。

 

23日水曜日が友引。

友引は、火葬場が休みなので、葬儀ができない。

つまり、友引の前日は、通夜ができない。

水曜日にお通夜で、木曜日に葬儀・告別式、そして火葬。

友引の関係で、火曜日にちょっと時間ができたので、

ゆっくり写真(遺影用)をさがしてもらうことができた。

 

 

さて、俺。

火曜日は、たまたま休み。

だけど、納棺に参加させてもらった。

水曜木曜は、叔母の葬儀の担当にしてもらって、

出勤だけど、参列。

先輩方の計らいで、火葬場にも行かせてもらい、

拾骨もできました。

 

普段は、会場の設営とかがメインの仕事だけれど、

今回は、営業の部分から関わる。

身内だからだけど、

こんなにもお客様に頼られたこともないし、

こんなにも感謝の言葉をもらったこともない。

なのに、

営業の部分は、まだまだ知らないことが多い。

てきぱきできない自分が、ちょっと情けなかった。

担当者からも、ある程度は任せて頂けましたが。

 

身内も、最後に会ったのは、数年前。

俺の髪が、金色やらピンク色の頃。(笑)

まだまだ新米の葬儀屋さんというのはわかってもらってましたけどね。

 

 

その後、

別件で、詳細は書かないけど、

時々ある、ちょっと特殊な事例の葬儀が数件続いたりと、

ちょっと忙しくしておりました。

その間、バスケに行けなかったけど、

バッシュが壊れていたので、直す時間にした。

 

 

新人とはいえ、二年目の42歳。

いい大人。(笑)

半人前は、ぼとぼち卒業できるかな?

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